川上弘美「おめでとう」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101292329/qid=1059165420/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-8072184-3492363
むそーはかなり文体にうるさい本読みだなあ、と、久しぶりに昨日渋谷のブックファースト http://www.book1st.net/ で、さんざんいろんな人の本を立ち読みしながら思った。読んでいるうちに、プン、と臭うのである。陳腐の腐臭が。そうして何冊もの本を手にとってはまた置き、というのを「チンプチンプ」とつぶやきながら繰り返していた。
で、やっと買う気になったのが、この川上弘美の「おめでとう」という文庫である。
まだ途中なんだけど(なんと、一気に読んでしまうのがもったいないと思っている!)「春の虫」という短編がとても気に入った。
男にだまされてお金(五十二万三千円)と時間を奪われてしまったショウコさんと、男に二股をかけられてあげくに捨てられたヨーコは「なんかやんなっちゃった」ので旅に出ることにした。その旅先の宿での、二人のやり取りの物語である。
短編だから余計にではあろうけれど、川上弘美は世界をつまびらかに記述することはしない。二人の関係や歴史も、特に細かく記述はしない。ショウコは「もの言いたい」たちでヨーコは「もの言いたくない」たちである。「たち」とは性質ということだが、この言葉を川上弘美はよく使う。
川上弘美の世界は、会話と会話を媒介する空気によって成り立っていると感じる。話す言葉と話し方などの雰囲気が、その人そのものと会話する相手との関係について物語り、それが世界を立ち上げている、と感じる。
だからむそーは、川上弘美の文章から世界をビジュアルに再構築することは出来ないけれど、人物とその関係(間に流れる空気)の手触り、肌触りは感じることができる。ただそれはまったく言語化することが出来ない。結局説明するよりも、読んでもらったほうが早い。
濃密だけれども精細ではない。もうもうと分厚い空気の中に一緒にいる感覚になるのが、川上文体の特徴ではないかと思う。
むそーが「春の虫」を特に気に入ったのには、もうひとつよこしまな理由がある。ショウコとヨーコがふっと抱きしめあって唇を重ねるシーンがあるのだ。そこがなんともよい。エロティシズムはまったくないのだが、それにエロティシズムを感じてしまってバツ悪く感じる自分の気持ちに陶酔する。タブーに興奮する、あのドキドキとした感じ。たとえ同性といえども、そのときはそうせざるを得なかった、感じてしまった、やむにやまれず、そういう感じがしてすごくよい。