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ROCKIN'ON JAPAN 「RADWIMPS」2万字インタビュー

読みました。やっぱ野田の言葉はいいですね。真剣に生きている人間の言葉ですよね。
いくつかいい言葉を拾って書きたいと思います。

  • オーダーメイドの歌詞について(以下のキャプションはすべてむそー編集)

「自分が一人でポッと書いた歌詞じゃないな、RADWIMPSとして歌詞を書いて来たから、書けた歌詞だなあ」とおもったんで。これはRADWIMPS以外のなにものでもない、と。それが嬉しかったですね。

これは「オーダーメイド」が好きなむそーとしては嬉しい言葉ですね。4枚アルバムを出してきて、その歌詞を全て書いてきて、その歴史があったうえで出てきた歌詞だと。野田の才能ありきのRADWIMPSではなく、RADWIMPSがあるからこその才能であり、RADWIMPSでこそやりたい曲として「オーダーメイド」が生まれたんですね。

  • 内なる対話

やっぱり曲を作る自分と歌詞を書く自分はいっつも違うんで。曲を作る自分は、メンバー含め、みんなでいて。プレイヤーとしてかっこいいことをやりたいとかあるんですけど。歌詞を書く自分は、音楽をやっている自分から結構遠いところにいたりして。逆に自分がどっかで作った音に助けてもらって.また新たな自分が歌詞を書いてる感じなんで。そこには必ずふたりいて。ふたりいっぺんになにかしようとすると、また大変だったりして。

  • 対話と発見

書こうとして歌詞を書いていないけど、もしかしたらそうやって神様と対話したって思い込んでる人たちの感覚に似てるのかなと思って。(中略)自分でこしらえた文章かもしれないけど、歌詞は、自分に取って大きな発見が毎回あってほしいんですよね。歌詞を書く前の自分じゃわかんなかったことを歌詞を書いた後の自分は分かってるっていう状態がいつも好きなんで。まさしくそういう歌詞でした。

野田の精神構造をよくあらわしている部分だと思うんですけど。野田の音楽というのはこのふたりの自分の対話の中にあるんですね。特に歌詞を書く自分が音楽をやっている自分から結構遠いところにいる、というのは野田の音楽を考える上でとても重要な部分だと思います.曲を作る自分と詩を書く自分。この両極にいる内なるふたりの内的対話によって野田の音楽は出来ている。自分が作った音に歌詞を書く自分が助けられている、というのも興味深いところです。
劣等感の強い人間は自分を客観視しすぎるきらいがあると思うのですが、劣等感の強い野田も、自分を客観視しすぎるなかで、内なるふたりを発見したのかもしれないですね。曲を作り演奏するプレイヤーと、歌詞を書くという行為は、その精神のありようからも相当違うと思いますから。
言語学者のポール・ヴァレリーという人の著書に「『私が』『私に』話すのである以上、前の『私』は後の『私』が知らないことを知っているということになる。内部状態の差異というものが存在するのである」と言う文章がある。考えるためには、ふたりでなければならない。対話ではない思考は存在しないということ。それによって「オーダーメイド」の歌詞も思考された。そうなると野田の内なる「もう一人」とはどんな存在か、どのようにして生まれたのかがとても気になってくる。なにより野田自身も気になっているだろう。どこかでお会いしたことありますか?ですね。
「オーダーメイド」については野田自身も強く思い入れのある曲のようであり、インタビューで「自分が死んでもちゃんと残って欲しいなあという曲」と語っている。23歳にして(まあ年齢は問題ではないか)死後も残したいと思える曲を創造した、その才能は素晴らしいですね。
思ったより書きたいことが多かったので、またあとで書きます。自己満足ですが。

アルトコロニーの定理

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オーダーメイド

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