読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

連休も終わりですねっ。

さて、明日から仕事やー。今日は有意義に過ごして、明日から気持ちよくスタートしたい。なんせ昨年の仕事納めの日に休んでしまいましたからね。ってあんまり意気込みすぎてもあれですが。スーッとスタート切りたいですね。
昨日は1時ころ実家の茨城から帰ってきたんですが、常磐線が上野駅の信号トラブルで遅延。13:20勝田発のスーパーひたちに乗るつもりが、30分遅れの特急になってしまいました。フレッシュひたちなので停車駅が細かい。結局予定より1時間遅れになってしまいました。
最近JR東日本はトラブルが多いですね。事故はやむを得ないとしても、年末の新幹線のシステムトラブルやこうした信号トラブルなど、技術的なトラブルはとても困ります。いや、日本の鉄道はそれでも優秀で、これだけダイヤどおりにこれだけの本数の電車を運行しているのはすばらしいと思いますけどね。でも、それだけ鉄道に対してみんなは信頼してるし、JRもそれに応えてきたわけでしょうけど。なにかこう立て続けにトラブルがあると根本的な問題があるのじゃないか、と思ってしまいます。
信頼に足る社会とはなんだろうな、とか考えてしまいますね。

ヒトの歴史は自由が孤独を!平等が個体の死を創るだけだった!
その範囲を制御できる固体の集合こそが望まれるものだ!
いいですか?人々は物質に頼り人間同士のネットワークやその方法さえ忘れつつある、
ゆりかご願望は極言すれば死だ!それはもはや理想郷ではない!
アップルシード(2)プロメテウスの解放/士郎正宗

懐かしいものを引用してしまいましたが、そう、テクノロジーや物質利益は人を豊かにし、一人で生きていけるようになったけれど、それは結果社会を解体しつつあるのです。一人で生きていけるようになった孤独な個人の集合、という社会。これも社会のひとつの形かもしれない。しかしその社会の形はほんとうに人が望んだものだろうか?そうではないかもしれないし、そうかもしれない。人の形が社会の形を作る。自由と平等の範囲を制御された人間による理想郷が社会の理想とは限らない。
でもいま私たちが近所の人さえも分からず、自分しか信用できず、社会も信用できず、孤独と自己防衛に閉じこもる傾向を強めるなら、遠からず社会は私たちに不便なものになるだろう。いや、もう不便になりつつあるかも。しかし、どんな社会が理想かのコンセンサスを作る人間関係、ネットワークさえ徐々に失われつつある。そもそも理想の社会像のコンセンサスを作る場であるはずの政治自体も機能不全している。
私たちはいつ危機に対してブレーキを踏むのだろうか。いや、私たちはではなく一人一人の私がブレーキを踏み、理想の社会のコンセンサスを求めていかなければならないのじゃないだろうか。