朝日新聞俳壇

つづいて、今日の朝日新聞俳壇から面白い俳句を抜き出して載せました。

  • 雪靴を履いてしまへば大胆に(北海道鹿追町・高橋とも子)
  • 山眠る土竜の土のあたらしき(いわき市・馬目 空)
  • 太陽のいとし子吾も大根も(東京都・渡辺礼司)
  • まばたけばまばたき返す梅の花(合志市・坂田美代子)

朝日新聞歌壇

久しぶりに。今日の朝日新聞歌壇から面白い短歌を抜き出して載せていきます。

  • 尾に触るれど動くことなき冬蜥蜴葬らむとすれば草をつかめり(香川県・藪内眞由美)
  • だんだんとおとなしくなる身の内の鬼に向かひて少し豆撒く(前橋市・萩原葉月)
  • 伝えたいそれだけなのに言葉って足らなかったり余計すぎたり(八代市・木場尚子)
  • 六年目原乳出荷許されし牛飼いの目の奥にある奥(福島市・美原凍子)
  • 頑張れの母の言葉に泣きし日の電話ボックス消えてしまえり(東京都・影山博)
  • 体験で祭壇のまへ柩に入るのぞき見る顔の近きにひるむ(清瀬市・四竈宇羅子)
  • 亡き夫に「吾輩は猫」朗読すお経読むのは性に似合はず(高槻市・峯村洋子)
  • 吾よりも少しの長生き願いいし妻を見送り七年が経つ(佐伯市・玉野井隆幸)
  • 置き物は真夜中にだけ猫になる猫はしばしば置き物になる(厚木市・北村純一)
  • 死が背中から君の肉体に入るその朝は雪手のひらの雪(滋賀県・川並二三子)

なんだか死にまつわる歌を多く選んだように思う。なんでだろうか。

響けユーフォニアム2 第10話「ほうかごオブリガード」 感想ツイートのまとめ

響けユーフォニアム2「ほうかごオブリガード」久美子があすか先輩を校舎裏で説得するシーン あすかが久美子を「境界線引いて踏み込むことは絶対にしない、傷つくのも傷つけるのも怖くてなあなあにして安全な場所から見守る、そんな人間に本心を見せると思う?」と 久美子の意思を砕きに来る

posted at 06:10:32

あすか先輩が久美子にここまで言う理由が分からない 久美子を退ける策であろうし、「黄前ちゃんはここまで言って凹むようなタマじゃない」というあすかの読みでもあろう

posted at 06:15:25

あおいちゃんが先生が模試の結果のことであすかを探してたよ、というシーン これをここでいれることに悪意を感じる つまりあすかは香織や晴香、そして久美子に何を言われようともずっと部に戻る努力をしつつ ダメだったときは全部腹におさめて去るつもりで香織や晴香、そして久美子と話をしていた

posted at 06:18:18

結局はあすかは特別だった 久美子の思いも言葉も涙も、あすかの意思とはなんの関係もなかったということになってしまう

posted at 06:23:31 

あすかが「事情がある子はいくらでもいる 自分のときは例外ですなんて言えると思う?」と言った みんなあすか先輩と吹きたいと言ってるから丸く収まっているだけ、本心は分からない それがあすかの本心なら みんなの前で頭下げて「戻ってもいいですか」くらい言うべき というのが筋に見える

posted at 06:27:12 

きっとあすかの計算は みんなが「あすか先輩は変人だし特別だししょうがない」って思ってると そこにつけこんでしれっと戻ってきたわけだ きっと晴香に促されて「いろいろお騒がしちゃってごめんねー」とおちゃらけ気味の謝罪を言って ああ、いつものあすか先輩だってみんなに思わせて終わりだろう

posted at 06:30:37

模試の結果で親を説得してっていうのが筋を違えさせてしまってる気がしてならない もっと、久美子の思いの力であすか先輩が変わったという展開の方がカタルシスがあってよかったのではないかと思うのだ

posted at 06:42:44

あすかが久美子にだけ部に戻るのを伝えてなかったのは、黄前ちゃんに一人相撲取らせちゃってごめんね、と素直に謝れないという見立てになってしまう これではあすかに悪印象
あすかの心は結局「特別」という殻の向こうにあるままで、やっぱりあすかは特別だった、ではお話のカタルシスが何もない

posted at 06:52:42

晴香が「あすかは特別じゃない、今度は私たちがあすかを助ける番」も結局晴香の「がっかり」で萎んでしまったし
むしろ香織と晴香があすかを説得した時に晴香が「これでいいんだよね」とあすかを諦めて部をまとめる道を選ぼうとした晴香の思いの方がカタルシスを感じた

posted at 06:57:02

結局のところ、鉄壁のあすか様が久美子の熱血パワーで その「特別」という装甲を剥がしてATフィールドを中和してコアに触れた展開になってないのがもやもやもやもやするところなんじゃー!

posted at 07:01:03

 12/9の朝、第10話「ほうかごオブリガード」を見てこんな感想の連続ツイートをした。

要点をまとめると

・模試の結果で親を説得し部活に戻るつもりというのがあすかの思惑、という筋立てのせいで、久美子を退けるためにわざと傷つけることをいうあすかが、悪者に見えてしまう

・久美子の心からの説得によりあすかの心が動くシーンがあるのに、あすかの思惑の設定により全てが茶番でばかばかしいもののように見えてしまう

なんかボタンの掛け違えによって物語のカタルシスが肩透かしになってしまっているんだと思う。響けユーフォニアム2の物語上の最大ピークである「あすか先輩辞めちゃう問題」の重要シーンだけにとても残念に思ったのであった。

 

今日の出来事

んー、8ヶ月ぶりか。まあいいや。なんかブログが書きたいので書く。

何を書くかは決まっていない。意気込むと何も書けないのでとにかく書き出してしまおうと、いまキーボードを叩いている。

近況の報告?記録?になるだろうな。

8ヶ月の間に仕事の繁忙期が始まって終わって。今年の繁忙期は思ったより忙しくなかった。派遣さんを1人入れて4人体制で仕事ができたからというのもあるが、そもそも仕事の量が少なかった。ほとんど残業せずに出来たことは嬉しい。仕事の量は減っているが、会社の売上は上がっているので、ボーナスが増えればいいなと思っている。

まあ、仕事の悩みはそんなにない。

悩みは身体のほうだ。昨年に比べて10kgくらい体重が増えてしまって、個人的にやばいと思う大台を超えつつある。それにともなってか、気圧の変化に体調が左右されるようになってしまい、気圧が下がる時に耐え難い動悸とだるさが出るようになってしまった。

先日心配で病院に行って見てもらったらどうも心臓が弱っているようだ。治療を始めなければならない。以前から高血圧も健康診断で指摘されていたので、それも合わせて治療することになる。

来春には結婚を予定している。なのでもう自分1人の身体じゃなくなるのだ。ほんとうにもうちゃんとしなければならないな、という覚悟を感じている。

むそーはむかしは自分なんかどうなったっていいと思って、自分ひとりだけで生きている気持ちでいたけれども、ようやっと自分の身体は自分ひとりだけのものじゃないんだなってことが分かってきた気がする。

結局人ってこんなもんなんだ。若い頃は分からないことが齢を取って分かってくる。でも、じゃあ最初から分かっておけよって言っても、しょうがない。その分からなさのあり方、分かり方、ひねくれたところがまっすぐになっていくさまも含めて人の人生だから。誰かに矯正されるようなもんじゃないよね。

今日の出来事

仕事は今日はいろんな人にいろんな頼まれごとをして、本業がはかどらない日であった。自分は今の部署の責任者という立場なんだけど、やっぱり周りからそう扱われているんだな、と思って。

今までそういう責任ある立場に立ったことがないので、なんだかまだ良くわかっていない感じだ。

長年JCBのアルバラというカードを使ってきた。そこで20万くらいリボ払いの残金が溜まっていたのだが、今月一括精算した。今後はその月使った分払っていく形にしたい。

結婚に向けて抱えてきた借金をチャラにしたいと思ってきたがようやくそれが整ったというところだ。これからは無駄遣いをせずに貯金をどんどんしなければならない。そういうことを考えずに来たので、うまくやれるか分からないけれど、やるしかないのだ。

今日はその長年の残金を精算したのを確認したので、ちょっといい気分になった。

家に帰ってきて、アニメの新番組の録画を少し見た。

クロムクロはP.A.WORKSの15周年記念アニメだが、同社の作風である青春モノとは異なり、学園ロボットアニメだという。どうなることやらと思っていたが、マジンガーZガンダムエヴァンゲリオン系譜を引く正統派ロボットアニメの臭いを感じ画面に釘付けにされたので見る価値はありそうだ。

甲鉄城のカバネリは、進撃の巨人の監督荒木哲郎氏のオリジナルアニメーションだ。情報の絵的にもお話的にも、情報の詰め込み具合がちょうどいい。この吐きそうになるギリギリまで情報を詰め込まれる、しかしギリギリ吐きはしない感じ。あるいはターキーにスタッフィングをみっしりと詰め込む感じ。これは富野アニメで感じることであり。荒木哲郎氏はGレコに参加して、この感覚を学んであろうかなんて単順な感想を持った。

大河内一楼氏の脚本もいい。この人は「業」についての深い物語を書かせるとすごくいいお話を書くと感じている。美樹本晴彦氏のキャラクターデザインも、こんな今時のデザインをあげてくるとは、美樹本氏もまだまだお若い、と感じた。富野由悠季的に言えば「マンコを舐めたくなるキャラ」が揃ってる感じだ。

今日の出来事

むかし「今日の出来事」というタイトルでブログを書いていました。

むそーの好きなアーティスト、YO-KINGの「出来事」という曲から影響を受けてのことでした。また、久しぶりに「今日の出来事」というタイトルでブログを再開してみたいと思います。またいつまで続くか分からないけれど。(笑)

 

今日は以前からいやだなあと避け続けていた仕事を、ついにやりきらなくちゃいけない日で、精神的に辛かったです。むそーは自分に自信がなくて、自己評価が低い人間なので、自分が他人に意見を言うということがすごく苦手なんです。自分からはあまり発言しない。

むかしいじめられてきた人間なので「むそーのくせに何を言う」と言われるのが怖くて、ならば何もしない、何も言わない、期待させず早くみんなにがっかりして欲しい、そうやって生きてきてしまったのです。

だから今回の仕事は、いろんな人に仕事のやり方を変えてもらうお願いをすることなので本当に辛かった。

でも、これは自分1人で決めたことではなくて、同じ部署の仲間と上司とミーティングをして決めて、マニュアルも自分で作成したものをみんなに見てもらって、これでいいよ、と言ってもらったものなので、勇気を出さなければと思いました。

もういい歳のおっさんのくせに、自分自身にも、自分の仕事にも自信が未だ持てなくて情けない限り。でも、自分はそういう責任者という立場でキャリアを積んで仕事をするというのを避けてきてしまったので、今からやり直すしかないのです。

それをさせてくれる、こんな人間を雇ってくれたいまの会社には、ほんとうに感謝しています。少しずつだけれどできることをやっていけるようにしたいな。

話はガラリと変わるのだけど、仕事の帰りに本屋さんに寄って漫画を買いました。

 

江川と西本 1 (ビッグコミックス)

江川と西本 1 (ビッグコミックス)

 
江川と西本 2 (ビッグコミックス)

江川と西本 2 (ビッグコミックス)

 

 江川と西本、という漫画。40代以上のプロ野球に興味のある人ならわかると思いますが、あの読売巨人軍の投手、江川卓西本聖の2人を主人公にした漫画です。2巻まではどちらかというと西本聖の視点から書かれているかな。西本聖はいかにして”雑草”となったか、が描かれている。一方の怪物・江川卓も巨人入りまでの間も一直線に行きそうで一筋縄ではいかない人生を送る。

あの「江川と西本」の時代を知っているプロ野球ファンなら、楽しめる漫画だと思いました。

漫画を読みながら帰ってきて、最寄り駅の近くで晩ごはんを食べ、いつもならそこからバスに乗るのですが、今日はモヤモヤとした頭を冷ましたくて歩いて帰りました。コンビニで缶チューハイを買い歩き飲みしながら、彼女さんに電話をして仕事の愚痴をこぼし慰めてもらいました。

自分は恵まれているんだ、きっと。それを信じなくちゃだめだ。そんなことを思いながら、三分咲きの桜をうっすらと街頭が照らす道を歩いて帰りました。

「まだ誰の手垢もついていないもの」を探して

むかしむかし「ときめきメモリアル」というゲームがありました。それにすごい興味があったけれど、ぼくは当時すごい照れ屋の恥ずかしがり屋だったので、女の子にモテるゲームなんてとてもできなかった。

ときメモブームが起きると世の中そんなゲームばかりになり、だんだん自分も慣らされて女の子にモテるゲームがやりたくなるんだけど、すでにみんながやりまくってて手垢のつきまくった「ときめきメモリアル」はやりたくなかった。

その時、自分が毎週購読していたセガサターンの雑誌企画で登場したのがセンチメンタルグラフィティだ。まっさらの誰の手垢もついてないこのゲームの女の子たちに僕は飛びついて大ファンになった。読者企画に応募もしたし、画集も買ったし、ラジオも聴いた、アニメも見たしVHS(!)も全巻揃えた。…ゲームをやりこんだかは覚えていないが(何も聞かないでくれ)。

去年、ぼくはWake Up,Girlsというアイドルアニメの大ファンになり夢中になった。アニメも繰り返し見たしファンイベントも行った。感想や考察のツイートも山のようにつぶやいた。

Wake Up,Girlsをなぜ好きになったかと言えば、それはアニメのストーリーの出来の良さ、声優とアニメのアイドルの名前や生年月日を同じにするという虚実混交の仕掛けなどあげることはできるが、きっとそれはあとから出てきた理屈だと思う。

いちばんの理由は「まだ誰の手垢もついてなかったから」。センチメンタル・グラフィティのときと同じだ。

アイドルアニメといえば絶大な人気とたくさんのファンを擁しているのがアイドルマスターだ。テレビアニメ、劇場版、そしてライブの成功で、アイドルマスターはもうすでにたくさんの人に愛されていた。自分もアイマスは好きだったし、天海春香ちゃんかわいいなあと春香ファンを自認もしていたけれど、でもアイマスにはすでに多くの偉大なる先人がいすぎた。それじゃつまらなかったのだ。

そこへWake Up,Girlsという新しいアイドルアニメが現れた。声優はまったくの新人。監督はこの作品で再帰を期す山本寛。制作態勢は整わず作画は不安定で女の子がかわいくないと不評… 逆風であればあるほど、自分にとってWake Up,Girlsはオンリーワンの作品だと思えた。でもそれは「まだ誰の手垢もついてないものが欲しい」という気持ちを追認するだけのものだった。この気持はセンチメンタルグラフィティの時と…約20年前のあの時と変わらないものだったのだ。

自分はアイドルファンでもあり、いまは2つくらいのアイドルグループをかけもちで推していて、ときどき現場(ライブやイベントのことを現場って呼ぶ。アイドルファンならではだよね)へも行く。アイドルも、ある程度のレベルまで人気があがってファンが増えてくると、そっと去って行く古参というのがいる。彼らもまた「まだ誰の手垢もついていないものが欲しい」のだ。みんなのものになった時点で自分の役目は終わり、他の人達の手に託して、また「まだ誰の手垢もついていないもの」を探しに行く。

この気持ちはなんなんだろうなあっていつも思う。ただの食い散らかし?○○はわしが育てたって言いたいだけ?独占欲が強いってこと?なんとなく、どれでもない気がしている。けれど明確な答えはまだ自分の中で出ていない。